第二十七回 イサクの失敗と回復



第 二 十 六 章


 イサクは父アブラハムのごとき大人物ではなかったから、彼の生涯についてはあまり多く記されておらぬ。専ら彼にかかわる生涯の記事は本章しるされたるところである。ここに彼の不信仰と神の寛容なる慈愛、彼の罪と神の思慮ある懲戒的処置、および彼の従順と神の臨在および祝福の回復がある。今この興味深い記事を七つに分けて学ぼう。


一 イサクの不信仰と神の干渉 (一〜二節

 イサクは飢饉を避けてエジプトにくだらんとする途上、ゲラルにとどまった(一節)。彼は父アブラハムのエジプト下りの失敗を聞いていたであろうから、これをまた繰り返すべきではなかった。すなわち彼は決してカナンを去るべきではなかったが、不信仰のために失敗した。当時エジプトは非常に盛んな文明国であったから、そこへ行かんとしてまずゲラルまで下ったのである。しかるに神は彼に顕れてこれに干渉し警戒を与えたもうた(二節)。し彼がその企てのごとくにエジプトに下ったならば、必ず非常な困難に遭遇したに相違ない。それゆえに神はこれに干渉してとどめたもうた。神が我等の企てに干渉してこれを遮りとどめたもうのは大いなる御慈悲によることであると覚えねばならぬ。しかし神はまた彼にゲラルに留まることを許したもうた(二節)。これは神の最上の御旨みむねではなかったが、エジプトに下らぬようにこれを許したもうたのである。神は人が最上の御旨に従わぬ時でも第二の御旨を示してこれを許したもう。たとえば民数記十一章十〜十七節にあるとおり神はモーセに驚くべき特権を与えてイスラエルの民を導かしめたもうたが、彼は非常に疲れて、もはやこの民を自己の任として負うことができぬと言ったから、神は七十人の長老を立ててモーセの職分を彼らに分かち負わしめたもうた。勿論これはモーセにとって大いなる損であったのである。また申命記一章十九〜二十六節に録されたるごとく間者かんじゃを遣わしてカナンの地を窺わしめることを許したもうたのも、サムエル前書八章二十二節にあるごとくイスラエルびとに王を立てることを許したもうたのも、みな彼らが最上の御旨に従い得ざるために第二の御旨が許されたのである。民数記二十二章三十五節に神が条件付きでバラムに行くを許したもうたのもその通りである。しかしながらこれらの例によって知られるごとく、いつでも神の第一の御旨を行うよりも第二の御旨を行うことは決して容易でなく、必ず一層困難なる場合に遭遇することのあるものである。イサクのこの場合でも同様である。


二 神の寛容なる慈愛をもって彼に契約を立てたもうこと (三〜五節

 神はその寛容なる慈愛をもって彼をとどめてエジプトにくだらしめず、ゲラルにとどまらしめたもうたが、かつてアブラハムに対して立てたもうた契約をばさらに彼に対して立て、その聖旨みむねのあるところを示してその慈愛を顕したもうた。その契約は

 一、神の御臨在がつねに彼とともにあって彼を祝したもうべきこと
 二、カナンの国を与えたもうべきこと
 三、多くの子孫を与えたもうべきこと

の三箇条であった。これらは我等の聖潔に関する恩寵にも当て嵌まることである。すなわち(一)『我なんぢと共にありて汝をめぐまん』と言いたもうたごとく、キリスト我等のうちにありて祝福したもうべく、(二)カナンの国の与えられるごとく霊的祝福の状態にあらしめたもうべく、(三)必ず霊的子孫を与えたもうのである。

 神はかくイサクに契約を立て、さてかく彼を祝したもう所以ゆえんを説明して、これはその父アブラハムが神に忠実であったためであることを示したもうた。我等の場合においても神はキリストの御忠実によりてのみ恩寵を与え保護を加えたもうのである。


三 イサクの罪 (六〜十一節

 信仰の欠乏より必ず懼れを生ずるものである。彼は神の定めたもうた道を離れて不信者に近づいたから、懼れて虚言を言い罪を犯した。アブラハムの時のごとく神はこの場合においても保護を加えてリベカの害を受けることを免れしめたもうたのである。


四 神の深慮ある懲戒的取扱 (七〜二十一節

 かくて神は彼をして彼の本来の聖旨みむねうてその国に帰らしめんと、極めて間接な方法をもって取り扱いたもう。かのホイットフィールドが年老いてもはや引退したいというように誘われた時、彼は『神様、私が鳥のごとく柔らかい巣の内に入り、安楽の羽の内に休むように誘われる時に、その巣の羽にとげを置きたまえ』と祈ったということであるが、神は今イサクの安楽の巣の中に棘を置き、彼をしてそこに安住するを得ずして帰国せねばならぬようにならしめたもう。これを以下の五つの項に分けてこの恩寵ある賢き御計画の如何に発展するかを学ぼう。

 一、まず神はイサクに物質的の富を与えたもうた(十二、十三)。神の臨在と神の恩恵とは同一でない。神はイサクとともいまして人を導き、人を悔い改めしめたもうたが、彼は神と親しく交わることを得なかった。また彼はゲラルにいた間、物質的に富むことを得たけれども、神の御臨在を実覚することはできなかった。かえって彼が物質的に恵まれたためにその地の人のそねみを惹起して、彼をしてそこを去って神の臨在せられるところに復帰するに至らしめられたのである。

 二、さきに言えるごとく彼が物質的祝福を受けたためにペリシテびとが嫉みを起したのである(十四)。

 三、これによって彼らの反抗を起し、井戸を塞がれ、退去を迫られるに至った(十五〜十六)。

 四、これによってまた彼等をして争わしめるに至った(十七〜二十)。イサクは少し退いてゲラルの谷に天幕を張り、そこに井戸を掘った。当時、井戸を掘ることは容易のことではなかった。しかして井戸を掘ればその辺の土地はその人の所有となるのである。けれども今ペリシテびとが争ったから、イサクはこれを譲って退いた。世人は何でも譲るのは弱いことであると思うけれども、そうではない。もちろん主義を譲るは弱いことであるけれども、利益を譲るのはむしろ強い人のすることである。

 五、これによって彼らの憎悪を起した(二十一)。その井戸の名によって知られるごとく彼らはいよいよイサクを憎みこれに敵した。しかし彼はこれがためにどうしても神の御旨みむねのある所に立ち帰らねばならぬようになったのである。これは実に神の深い智慧の御計画によることである。我等はこれにより今更のごとく神の深慮ある恩寵の御取扱を驚いて讃美し奉るべきである。


五 イサクの従順 (二十二、二十三節

 イサクは敢えてこれに逆らわず、御摂理の御手みてに任せてしたがった。彼はペリシテびとの争うところ、敵するところを避けて井戸を譲って退き、漸くにして彼らの争闘の外に逃れた(二十二)が、神の御旨のあるところに帰るまではどうしても安んずることができず、ついにベエルシバに帰ったのである(二十三)。これは実に幸いである。ここで今一度、神の御臨在に接し奉ることができた。


六 神の臨在の回復 (二十四、二十五節

 彼がベエルシバに帰るや、その夜、神は彼に顕れたもうた(二十四)。彼が神の定めたもうたところに帰るや否、神はご自身を顕し、彼を慰め、彼を祝したもうた。かくて彼はまず祭壇を建てて神に祈った(二十五)。彼はゲラルにおいては井戸を掘るのみで、祭壇を建てなかったが、今はまず祭壇を建てた。しかしてその天幕を張り、井戸を掘った(二十五)。第一に祭壇を建て、祈りと礼拝をもって神に対して義務を果たし、それから自己の楽を求めるのが順序である。第一に祭壇、第二に天幕、第三に井戸である。既にたびたび言ったごとく天幕は賓旅生活のしるしであったが、井戸を掘ることは当時においてはその附近の土地占有の先取権獲得を意味していた。彼はいま自分の国に帰ったのであるから井戸を掘るのは当然である。しかし彼は自己の賓旅生活の表徴としてまず天幕を建てたのである。神の臨在の恢復されるところ、すべてのことが秩序正しく行われるのである。


七 敵と和らぐことと水を得ること (二十六〜三十三節

 かくてアビメレクも和を求めて来た(二十六〜三十一)。『ヱホバもし人のみちを喜ばゞその人のあだをもこれやはらがしむべし』(箴言十六章七節)とあるごとく今は敵人も和を求めきたるに至った。たぶんアビメレクは自己の心に引き比べてイサクの心事を疑い、彼が幾度も譲歩してベエルシバに帰ったのは何か恐るべき計略であろうと邪推し、懼れて殊に和を求めて来たのであろう。それはともかく、我等が神に対して従順の道を踏むならば、神の恵みによって敵さえ必ず神の臨在を承知して和を求めるに至るのである。これは神の臨在の明らかな結果の一つである。それからその日にかねて掘りつつあった井戸に水が湧出した(三十二、三十三節)。これは神の臨在の今一つの証拠である。イサクが従順の道を踏み、復讐の念なく敵を愛し、キリスト的精神をもってその敵を取り扱うと同時に、神の祝福と臨在の証拠として直ちに水を得たのである。その井戸は、天幕を建てた日に掘り始めたのである(二十五節)。けれども水の出たのはアビメレクと契約を立てたその日であった(三十二節)。神の臨在は何たる幸いなる恵みぞ。しかしてその御臨在は我等の従順に関わるものである。『懼るゝなかれ 我なんぢとゝもにあり』(イザヤ四十三章五節)、これは誠にすべての祝福と成功と幸福の疑いなき保証である。



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