神 と の 交 通

(ヘブル書第章)


 
 ヘブル書第八章の研究において、我らは、我らの大祭司なるしゅイエスの御職おんつとめは、新しき契約の仲保なかだちとして我らの心に聖潔きよめ律法おきてを書き記したもうことであることを学びました。されば今そのことが如何いかにして我らになされ得るか、いずれより、また如何いかにしてその至聖所に入り、我ら自身の霊魂たましいにこの天の恩恵めぐみを確実に得られるかということがこれから学ぶべき問題であります。

 ヘブル書九章一節には『はじめの契約には禮拜のさだめと世に屬する聖所とありき』とありますが、記者はこれによって、神の契約の執行には(一)特殊の定例さだめと(二)一定の場所、すなわち契約の執行される聖所の必要なる事を言わんとしているのであります。これらはまた我らの今学ばんとする主題であります。

一、 契 約 の 定 例さだめ

 ここに言うところの契約は、言うまでもなく、預言者エレミヤによって前言された新しき契約でありますが、その新約の定例さだめを説明するため記者はモーセの契約に立ち帰り、その型を通して語るのであります。彼はヘブル書九章において、聖所に備えある種々のものにつき語りおわるや否、契約の執行に関して最も主要なる定例さだめすなわち血をそそぐことを記しています。しかしてこの第九章は全然このことに関していると言ってもよいのであります。ここに我らの大祭司に近づく権利が示されております。もし我らがその心とおもいに神の律法おきてを書き記して頂きたいと願うならば、必ずこのそそぎの血によって、大祭司に近づきまつらねばならぬ。さてこの血のそそぎにつき四つの事があります。

(一)良心に血のそそがれること(十三〜十四節

 ここには過越すぎこしいわいにおいて門の鴨居、また両旁ふたつの柱に灑ぐ血については何も言っておりませぬ。何故なにゆえなれば、ここの主題は救いの問題でなく、それよりさらに進んで、神の御前みまえへの接近、礼拝、また心の純潔のことに関するからであります。

 『……キリストの血は、我らの良心を死にたる行爲おこなひよりきよめてける神につかへしめざらんや』とあるは、ただ罪祭ざいさいのことばかりでなく、民数記にしるされおる、死体にさわった者をきよめる赤き牝牛めうしの灰水である『汚穢けがれきよむる水』(民數紀略十九・九)を思い出さしめます。(この汚穢けがれきよめる水はすなわちエゼキエル三十六・二十五の『清き水』であります)。さてイスラエルのたみは多く曠野あれのにおいて主に撃たれて死んだので、祭司たちは神に奉仕することの代わりにその死骸をうずめることに携わったので、かかる定例さだめができたのであります。ここにその良心、すなわち意識が死にたる行為おこないからきよめられてける神に仕えることのできるよう、自由にせられる道が示されております。『死にたる』と『ける』との対照は、我らの、神によらずしてなす「自己のわざ」と「我らのために働きたもう神のわざ」との対照であります。

 我らは必ず人に対してとがめなき良心をたねばならぬ次第でありますが、そのことだけでは聖前みまえへの接近もまたその確信ももたらすものではありませぬ。ただ良心にそそがれた血、すなわち主の貴き御血おんちをば、信仰をもってわが良心に当て嵌める事のみが、よく積極的に幸いなる平和の保証を与えて、聖なる神と、その宝座みくらに坐したもう主に近づく権を与え得るのであります。

(二)ふみに血のそそがれること(十九節

 これは明らかに出エジプト記二十四・一〜八に示されおる物語に関しております。契約のふみに血のそそがれる事は契約者の死を意味し、契約書が今は遺言となった事を示します。さて契約と遺言とは非常に違っております。契約はその双方の契約者が生きている間のみ有効でありますが、遺言の場合はその反対に遺言者が死んだのちに初めて有効となるのであります。しかしてふみそそがれたる血は、遺言者すなわち主イエスの死を示し、その記載されたる内容の確定した事を示します。たとえ我らが如何いかに価値なき者でありましても、この遺言による嗣業しぎょうは我らのものとなったのでありますから、我らは大胆にそれを要求し、また享受し得るのであります。かくこのそそぎの血はすべての不信仰、恐怖、疑惑を破壊するものであり、また破壊すべきものであります。かく我らは大胆をもって近づき得るのであります。おお新しき契約にそそがれる血のために神をめよ!

(三)たみに血のそそがれること(十九節

 これもまた出エジプト記の物語からであります。すなわち『契約のふみをとりてたみよみきかせ』『その血をとりてたみそそぎて云々』(出エジプト記二十四・七、八)。さてモーセは何故なにゆえにかくたみに血をそそいだのでありましょうか。ふみに血をそそぐだけでは、何故充分でなかったでありましょうか。出エジプト記の記事によれば、たみは契約のふみを読み聞かされた時に『ヱホバののたまひしことばは皆われらこれをなししたがふべし』(同三節)と叫んだとあります。哀しいかな、彼らは自己の心の如何いかなるものであるか、如何いかに無力無能なるかを知りませぬ。彼らはたとえ献身奉仕の誓いをしても、それはただ砂で造った縄のようなものであることを、まだ自ら実覚せぬのであります。

 そのモーセがたみの上にそそいだ血は、燔祭はんさいとして殺された犠牲ぎせい、すなわち献身の牡牛の血でありました。彼はこれによって、しんの献身というものは犠牲の死の効力より離れてはできるものでないという事を、たみに悟らせたくあったのであります。我らもまた容易にこの学課を学び得ませぬ。キリストの死が、我らのうちに死を働かせ、我らの性質のうちにあって、ける犠牲としてその身を献げることを欲せぬ、そのおもいを全く亡ぼし尽くすのでなければ、我らには正しく自己おのれを献げる力はないのであります。もしふみそそがれた血が不信仰を消散するためであったならば、たみの上にそそがれた血は、彼らの自負と傲慢を責めるものであったのであります。

(四)天に血のそそがれること(二十三節

 血はなお深いところに要せられます。我らはこの聖語みことばによって示されおる奥義おくぎを充分に理解し得ぬかも知れませぬ。或いは世界最初の時に神に叛いたルシファーの罪から、天そのものがきよめられることとも想像され得ましょう。それはそうであるかも知れませぬが、新約聖書を見ますれば、天の処にはサタンの諸勢力があって、我らの進んで宝座に近づくを妨げるという事が明らかであります。されば我らの祈りが勝利を得、至聖所に出ることが確保されるためには、この敵を撃退することが必要であるのであります。しかしてこれがために要する武器は、天にそそがれたるキリストの貴き血のほかはありませぬ。しかり、その血は何たる確信を我らに与えることでありましょうぞ。我らの至聖所に近づくことを妨げる最後の大敵はかくして処置されるのであります。

 わが良心にそそがれたる血、ふみそそがれたる血、わが心にそそがれたる血、しかして今は聖前みまえに近づくそのわが道にそそがれたる血によって、我らは進み行くことをるのであります。

 信仰は定められたる定律さだめを守る、信仰はその定律さだめの効力を訴える、しかして信仰は、主がわが心にその天のきよ律法おきてすなわち生命と自由と愛なる律法おきてを書き記し得たもうところなる、ご臨在のもとにはいるの権ある事をわがたましいうちに語るのであります。

 以上述べたところがこの契約の定律さだめである。されどもヘブル書はまた契約の執行され得る唯一の場所なる聖所について語っております。

 我らは神の我らに約束したもうた契約の実現を経験し得る前に、まずそのきよき所に入らねばならぬのでありますから、これについて学びましょう。

二、 聖 所 と こ れ に 入 る 道

 既に申しましたとおり、ヘブル書第九章は主としてキリストの貴き血のことに費やされております。その血をそそぐことは新約の大定律だいていりつでありますが、第十章はキリストの肉、すなわちその貴い御体おんからだを我らに示しております。しかしてその裂かれたもうた御体おんからだこそは至聖所に入るける道であるのであります。御血おんちそそぎは至聖所に入るを我らに与え、御肉体おんにくたいの裂かれた事はこれに入る能力を我らに授けますが、我らはそのいずれをも信仰をもって自己のものとし、自己の心に当て嵌めるべきであります。

 第十章第九章の連続で、記者の心にあった問題は「何故なにゆえにキリストの御血おんちがかかる効力、功徳くどくつか」ということであったように見える、しかしてその答は次のごとく明白な、しかも厳粛な奥義であります。

 (一)それは聖霊によって備えられた御体おんからだの血である。(十・五
 (二)完全に神の御意みこころを行いたまえる御体おんからだの血である。(十・七
 (三)心より献げて死に至りたもうた御体おんからだの血である。(十・八、九

 かく記者はその言わんとすることのために道を開いておいて、主要なる問題に入るのであります。

 この御意みこゝろかなひてイエス・キリストのからだひとたび獻げられしにりて我らはきよめられたり (十・十

 もし我らの救いのために要することが単にキリストの御血を流したもう事、すなわ御生命おんいのちを注ぎ出したもう事のみであったならば、主イエスは何故なにゆえに十字架上で直ちに息絶えたまわなかったでありましょうか。何故なにゆえ御肉体おんにくたいがかく苦しめられ、傷つけられ、激しいおん痛みのうちに裂かれたまわねばならなかったかという問題が起こるのでありますが、ここに我らは『イエス・キリストのからだひとたび獻げられしにりて我らはきよめられたり』という聖語みことばを見る次第であります。

 さらば聖書はこれらのことをもって何を教えるかと言えば、確かにそれは成聖きよめの奥義を啓示するのであります。主のきよけがれなき御体おんからだがわがために献げられ、裂かれたもうたのは、わがうちなる『罪のからだ』の亡ぼされるためであり、わが『の死のからだ』より救われるためであり、むべきキリストの御割礼ごかつれいによって『肉のからだ』を脱ぎ去り得るためであります。長い間われを束縛して、至聖所に入り得ぬよう妨げたものはこの「肉の罪の体」である。しかし今それを脱ぐことができるのであります。われはその奥義を悟了し得ず、また悟りべきものでもありませんが、ここにわれを動かして、われをして至聖所に入らしめる『ける道』があるのであります。それによって内部の生来うまれつきの罪を去り、至高いとたかき神のかくれたる所である、その至聖所に入る自由をち、入ることを願い、また入り得るのであります。もし我らが主の流したまえる血によって義とせられるならば、その裂かれたまえる御体おんからだによってきよめられるのであります。おお願わくば、敢えて信じまた入り得るために、謙遜なる信仰をたんことを!

 ヘブル書の教理的の部分は、十九節より二十五節に至るこの驚くべき結語をもって結ばれております。我らが主イエスの御血おんちによって至聖所に入るの大胆をつことは、すなわち権利であり、御肉体おんにくたいを経て至聖所に入るべき新しきける道をつことは、すなわちその能力ちからであります。かくして至聖所に入ればそこに我らを迎えたもう、神の家を治める大祭司が在すのであります。

 そこに我らの目指す到達点があります。我らはいま神の臨在の所なる至聖所に達しました。そこにて、メルキゼデクの位に等しく永遠に祭司となされたもうた昇天のキリストは、これらの驚くべき定例さだめである御血おんちそそぎのもとに、我らの心とおもいにその律法おきてを書き記し、我らを御自身のたみとなし、おん自ら我らの神となりたまい、今、ここで、この地上にて主を知らしめ、主が仁恵めぐみ公道おおやけ公義ただしきを行いたもう事を知りまた悟らしめたもうのであります。しかして確かに神はこれらを悦びたもう。しかり、ただこれらの事においてのみ悦びたもうのであります。ハレルヤ、更に言う、ハレルヤ! おお今日きょう、この日に、我らみな至聖所に入り得んことを!

結  論

 私は数回にわたるヘブル書研究において、霊魂の安息、結実の完全、心の聖潔きよめすなわち完全、心の聖潔きよめすなわ完全まったき愛、および至聖所にることなどの恩恵めぐみ深き経験の得られるは、献身という一種の行為によるのでなく、また献身と信仰によるのでもなく、ただ信仰、しかり、信仰のみによってである事を明らかにいたしました。すなわち我らは『信仰によりてその心をきよめ』(使徒十五・九)、『信仰にりて約束の御靈みたまを受け』(ガラテヤ三・十四)、『行爲おこなひるにあらず、これ誇る者のなからんためなり』(エペソ二・九)とある如くに、それは信仰を通じて受けるものであり、恩恵めぐみによるものであり、神の賜物であります。それは一切主よりであり、また主よりのみであります。それは主のみ崇められたもうためであります。

 しかし私はかく信仰について語ると言えど、今日こんにちの福音主義の宗教のうちにもよく流行する、かの安価な、気楽な、所謂いわゆる「信じます」主義を言うのではありません。

  「信仰、力ある信仰は約束を見
       ただ約束のみに目をそゝぎ
   不可能事ふかのうじを笑いつゝ
       必ず成るべしと叫ぶなり」

 しかしてかかる信仰は、飢えかわへりくだる心にのみ起こり、またかかる心にのみ働き得るものであります。主イエスは信仰をたねと呼びたもうたが、この信仰のたねは軟らかい土、すなわち砕かれたる土壌つちにのみ成長し、また実を結ぶものであり、きて、力ある、活動する信仰のために必要なる条件は、ジョン・ウェスレー氏が「信者の悔改くいあらため」ととなえられたところのものであります。

 されば我らをして『神の能力ちからある御手みてもとおのれひくう』せしめよ(ペテロ前書五・六)。それは信仰のわざであり、また『もろもろの心勞こゝろづかひを神にゆだねよ、神なんぢらのためおもんばかり給へばなり』(同七節)とある、それは信仰の安息である。『つゝしみて目をさましをれ、……信仰を堅うして彼(惡魔)をふせげ』(同八、九節)、それは信仰の戦いである。かくして我らは『もろもろの恩惠めぐみの神、すなはち永遠とこしへの榮光を受けしめんとて、キリストによりてなんぢらを召し給へる神は、なんぢらがしばら苦難くるしみをうくるのち、なんぢらを全うし、堅うし、强くして、そのもとゐを定め給はん』(同十節)とあるところのその事を経験的に知るでありましょう。ここに信仰の確信があるのであります。

 さればきたれ、しかしてかかる仕方にてただ信ぜしめよ。さらば我は至聖所に入る事を得るであろう。

                            アーメン


  ウィルクス師説教集第二輯終り



  昭和十三年十月十三日発行
  昭和二十九年九月一日再版     頒布価 五 拾 円
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 【不 許 複 製】

  訳 者  大  江  邦  治

    東京都武蔵野市境一、四一六
  発行人  落  田  健  二

    東京都千代田区神田鎌倉町一
  印刷所  東陽印刷製本株式会社
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   東京都武蔵野市境一四一六
 発行所  バックストン記念霊交会


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