第 六 章  ヨルダン川の後は何か


 
 ヨルダン川は渡った。約束の地は果実と希望と歓喜に満ちて、もはや彼らのものである。しかも困難はなお満ちている。国の中にある敵を征服し滅ぼさなくてはならぬ。彼らに対して寛大であってはならぬ。神に反対し、肉的であるものはみな徹底的な破滅があるばかりである。仕事は大きい。しかし神は一層偉大でありたもう。
 ヨルダン川は我らが見しごとく死の型である。ヨルダン渡りは我らがキリストと共に十字架につけられることを比喩において充分に説明する。すなわち旧き人の死、この罪と死と肉の身体の滅び(ローマ六・六)、またそれよりの救い(ローマ七・二十四)、またそれを脱ぎ去ること(コロサイ二・十一)、以上は真実であり、明確であり、かつ突然として来る経験である。我らはかくのごとき経験をする時、すなわち荒野とその疲れた彷徨を後にし、神の恩寵によって漲り流れる大河を渡り終え、自分のものにすることのできる約束の地を目前にする時、我らは自然と次のごとく尋ねる。すなわち「さて次にはどんなことを予期したらよいだろうか」と。或いは「新しい行路における第一歩が何であるだろうか」と。すなわちヨルダン川の後は何か?
 聖書の中にはヨルダン川より出で来ることについて四つの絵が描かれているのを見ることができる。そのいずれにも結局同じところの或る光景を見出す。そのいずれもはまた相互に幾分違いがあるが、みな我らの魂を豊かに益する。

一、このヨルダンより出たるナアマン (列王紀下五章)

 我らはこの話をよく知っている。地位と名声と評判を誇る大将軍、しかも一箇の癩病人なる彼が、一人の少女の証によって、彼の平生の敵であるイスラエル人の一人から救いを求めるように導かれた。王に拒まれ、主の些々たる僕の門口を訪れることを余儀なくせしめられたが、エリシャが自ら現れもしないで、下僕を通して単に教えを伝えるに及んでは、全く彼の誇れる心に大きなショックを与えられた。しかもどんな教えかといえば、ヨルダンの流れに身を洗えというのである。彼は怒った。彼は彼の王から受けるに違いない嫌な応対をも構わずに、身を翻して家に帰らんとしたなどのことは我らの熟知するところである。彼の幕僚の穏やかな叱責、彼の悔い改め、彼の従順、そして彼の信仰の忍耐は、とうとう七度続けて身を浸すことをやってのけ、憐れな癩病の身体は祝福せられ、潔められた。それとともに彼の心の潔めという、より以上の祝福を受けた。すなわちその誇り、その怒りから潔められた。そして彼はその一切の罪からも潔められ、彼をヨルダンへのこの旅に出立せしめるに至らしめたかの証をした少女のごとく潔きものとされたと信じ得るに至った。そして今や彼は身体と魂において全く新しい人として水の中より上がったのである。ナアマンのヨルダンの後は何か? 我らは最も有益な教えを学ぶことのできる二つの顕著な事柄に当面する。
【一】彼はエリシャと面会する。
 この場合エリシャは主イエスの型であるということは重ねて思い起す必要もないほどである。すなわち罪の赦しを与えたもう主と同様に、いま彼は心を潔める者として立っているのである。
 ナアマンが最初にこの預言者の小屋を訪れたときには、エリシャ自らが彼に面会することは許されなかった。目覚ましき癒しはなかった。否、彼はただ『汝行きて身をヨルダンに七度洗え』という言葉のみ与えられたのであった。これは経験してみる時にいかにも真実である。我らはいかにキリストの幻を恋い慕うことであろう! 我らは主が何か奇蹟的な、また感動的な目覚ましい有様で来りたまい、我らの心の潔めを与えたまい、また我らの魂を満足せしめたまわんことをいかに懇願することだろう! しかしこれは決して神の途ではない。彼は信仰の聖言をその僕の一人を通して我らに与えたまい、『汝行きてカルバリの流れに洗え』と仰せたもうのである。そして我らが自ら高ぶれる心を卑くして、信仰において主に従う時に、神の潔めの御手の働きを頂戴することができるのである。
 しかし今、彼ナアマンは謙りたる喜びをもって、川から上がるや彼は感謝を捧げるために帰って行く。預言者は直ちに自ら姿を現す。ナアマンが初め怒って、癒されるという好機会を今にもふいにして故郷に帰らんとした愚かな傲慢に対して、叱責する預言者の鋭い声を、いま彼はただの一言も聞かないのである。預言者とナアマン、この二人の間には自然的なまた国家的な敵対観念など少しもない。否、預言者にとりてはナアマンがあたかも自分の息子ででもあるかのごとく、平和な交わりが滲み出ている。
 この話は我らの心に語っているのではあるまいか。しかり、ヨルダン川の後、信仰の従順の後、すなわちかの潔めの流れに思い切って飛び込んで潔められたその後には、主ご自身我らに顕現し、我らと面会し語りたもうのである。
【二】ヨルダン川の彼方において学ぶ第二の教訓は、そこになお一つの処分しなくてはならない問題が残っているということである。それは別に訝しくも見えないためにそのままになりがちなものである。言葉を換えていえば、少なくとも忘れられたる敵のあることである。何となれば、彼ナアマンの感謝に満ちた心にすぐやって来るものは何であるかと言えば、彼の故郷の偶像の殿の中なる、王なる彼の主人の側にある自分の位置の幻である。彼はどうして再び偶像に額づき得ようか。しかもどうしてまた彼はその王に大胆にも不従順を敢行することができようか。我らは服従へのかくのごとき試みに常に遭遇するのである。預言者は答える、『安んじて去れ』と。それはあたかも、それについて問題が起こる日まで、それで充分であると言うがごとくである。汝が家に帰り着くまでには困難は消え去ってしまうであろう、しからずんば主は汝の義務の道を平易にしてくださるであろうと言うがごとくである。そしてそれはその通りであった。──彼は事実、もはや彼の主人を偶像の殿に連れて行くように要求せられなかったように見える──というのは、ナアマンがその所に帰り着いた日より間もなく王は死んだということを我らは読むのである。
 我らがヨルダン川を横切った後にはいつも一つの試みがある。それは決まったことのようである。それゆえに我らは準備しようではないか。ナアマンをして我らの教師たらしめよう。ちょうど昨日、私はこの物語についての一つの著しい例証を聞いた。或る大学の先生某氏は永い間、内なる罪の重荷を負っていた。すなわち『慾』というものが、長いことその恐ろしい手の中に彼を捕らえていた。彼は熱心に勝利の与えられんことを求めた。が、しかし悲しいことにそれは無駄であった。ところが主の一人の僕が勝利よりもなお優った或るものを彼に示した。すなわち癩病人ナアマンが見出したごとき潔め、全き救いである。彼は信仰の道にそれを求めたのであるが、それはどうであったかと言えば、その救いは、感情的な経験とか、聖霊が来りたまい内に住みたもうた感じとか、内住の救い主についての意識とか、喜びと平和の恍惚とかいう状態をば伴わなかったけれども、しかもその時の彼にとっては遙かによりよいものを得た。すなわち彼は罪からの真実なる救出を見出したというのであって、これが彼の求めてしかして発見したものであった。癩病はなくなってしまった。足枷は打ち砕かれた。彼は全く自由であった。それから彼は謙った感謝に充ちた心をもって、断食と祈禱によって少なからざる日数を費やして主ご自身を求めた。黎明のごとく、次第に静かに美しく、義の太陽は彼の魂の中に昇って来った。そしてついに彼の意識は主のご臨在の喜びに漲り溢れてきたのである。

二、ヨルダンより出たるイスラエルの軍旅 (ヨシュア記三章)

 我らはもう一度もとの物語に戻る。
【一】彼らはエリコに向かい合うところに来た。ヨルダン渡りということは主のご計画であった。またそれは決して彼らの行く道筋における予期しない障碍物ではなかった。ヨシュアはそれらに対して既に準備していた。砦は既に調査されていた。そしてその報告も手にしていた。イスラエルの軍旅は既に『エリコはちょうど向こうにある』ということを知っていた。しかしヨルダン渡りの奇蹟がいかにも偉大であったので、契約の櫃は実に驚くべき不思議を成し遂げたので、これに関する限り、実に彼らの心にも記憶にも新鮮であったので、彼らは神の成したもう救いの極めて不思議なる方法、また彼らの道における敵を打ち破ることの珍しき方法については、それを信じ得るように準備せられていた。もし契約の櫃が、彼らをしてヨルダン川を徒歩にて渡らせるために、水の壁を造ることができたというのであるなら、確かにその同じ櫃は、石垣を打ち破ることは何でもないことである。しかしエリコの城壁はまことに現実であり、鞏固であり、手強くあって、彼らの弱小なる努力を威圧しつつあった。彼らがヨルダンから出て来たその後は常にそのようである。しかしもし我らは神がその御約束の聖言によって我らを導き出してくださったのであると知るならば、また神がそれを成し遂げたのであると知るならば、我らのエリコは神にもう一つの救出の機会を与え奉るに過ぎぬであろう。そして我らは我らの契約の櫃を信頼し奉りて前進するであろう。
【二】かつヨシュアにおけるごとく、待ち望める魂にとりては櫃は単なる型に過ぎなかった。そしてその型の実体であるところの主イエス御自身が顕れたもう。主イエスこそは、単に我らの軍旅のみでなく、天的勢力の見えざる軍旅の将である。この見えざる天の万軍の手をもって、我らが我らの神を信じその聖名をほめたたえている時に、エリコの城壁を打ち砕いて、敵の耳には壊滅の響きを送らんとなさったのである。エリシャが謙った従順なるナアマンに面会を許したごとく、そのように今や主ご自身は天使に姿を変えて、待ち望めるヨシュアに御自身を顕したもう。
 我らは主イエス御自身が、我らに、また我らの中に御自身を顕すというこの真理の重要さを、いくら力説しても力説しすぎることはない。これは我らの必要である。そしてこれは神が勤勉に彼を求める者に約束したもう祝福である。その現されたる臨在と共に、常に試みという障碍物がある。否、恐らくはこう言う方がよいのであろう。すなわち試みという障碍物と共に常に、求めかつ待ち望みかつ信ずる人々には顕されたる神の臨在があると。彼は我らの将としてただに助けるのみでなく、指導し命令して統御すべく来りたもう。そして彼は一ヶ月に一度、我らのエリコに対する勝利を約束したもうのでなく、もし我らがただ信じ従うならば、もう全く我らのエリコをば完全に打ち破ってしまい、またすべての堡障を築いている敵に対して勝利を与えると約束したもうのである。

三、ヨルダンより出で来れるエリシャ (列王紀略下二章)

 ヨルダン川より出で来ることについての聖書における第三の絵は、やはり上記のふたつのごとく躍如たる、また写実的のものである。我らはこの物語に親しい。エリヤは天に引き挙げられねばならない。これは救い主が天父の右にまで昇りたまいしことの型である。エリヤの忠実なる僕であったところのエリシャはあとに残されねばならない。
 彼の主の生涯の幻、すなわち神と人とに対して持てるその力を見て、彼もまた上よりの同様なる力を受けんことを、他の何物にもまさってどんなに熱望していたことだろう。彼は求めて得ようと決心した。彼らはギルガルから出でてエリヤの最後の旅に上った。彼らは共にベテルに来た。ここは神の幻の聖き記念の所であるが、悲しいことには今では偶像礼拝と罪に献げられたるベテアベン──虚栄の家──となっている。しかも主に棄てられないでいる。というのは、預言者の学校の一つがここに建てられたということを見る。この預言者の徒は、エリシャにその主が取り去られるはずであるということを思い出させて、預言者の資格を得るために彼らの学寮に入るべきであるということを暗示したのである。しかしエリシャはより善き、しかしてより確かなる道を知っていた。彼は主と共に急いだ。『二人共に進み行く』。かくてエリコにやってきた。ここはちょうど我らが前に見たところの懐かしい場所である。すなわち信仰の栄えある勝利の場所であった。しかし悲しいことには、今や神の命令に背きて再建されたる呪詛の場所である。しかも神はこれをも棄てずにいたもうのである。というのは、ここにもまた預言者の学校の一つがあることを読む。ここにある預言者の徒はまた彼らの会友のごとく出で来りて、エリシャにその主が取り去られるはずであるということを思い出させ、彼らもまた、預言者たらんとする者に対して学校に入るという途を取るように暗示しているように見える。再び彼は彼らを黙さしめた。しかしてエリヤ自らによってもう一度試みられたけれど、彼は彼の途に前進した。『二人進み行けり』。
 かくて今やヨルダンは目前というところまでやって来た。そこにはイスラエルの軍旅は既になく、契約の櫃もなく、ただエリヤと共に彼は流れに向かっているのであった。もう一度奇蹟がなされた。すなわち預言者の外套が打木のように打ち振られたら、流れは此方と彼方に分かれ、彼らは共に乾ける土の上を渡って向こう岸に行った。
 しかして今や──今までにはなかった──『汝に何をなさんや』との質問が与えられた。汝の霊の二つの分の我におらんことを、と、この僕の若きそして熱望せる精神は叫んだ。汝難きことを求むと預言者は答える。与えることは我に難し、がしかし受けることは汝にとってさらに難しいというのである。これは苦痛、労苦、貧乏、嘆きを意味するということを諸君は知るか? それは忠実なる預言者の常に受くべき分である。しかしエリシャは前途を見て悲観はしなかった。彼は彼の主の足跡を踏んで行くことを恋い慕うのであった。そして審判の座に坐しているかのごとき背信の民のために、一つの祝福となることを切に乞い願うのであった。
 私はこれらの言葉を昇天日に筆にしている。この日は昔の使徒らが昇天なさるキリストを見た日である。ここに我らは縮図として、また型として同じ光景を見るのである。待ち望んでいるエリシャにその外套を投げたのは、昇るところのエリヤであった。俟ち望める弟子たちに聖霊を注いだのは、昇りたもうたキリストであった。昇りたもうたキリストを熟視し、かつ期待し奉り、約束の賜物を待つということは、ヨルダンから足を踏み出してからの我らには必要なことである。イエスを見るということは、以下に缺くべからざることであることよ! これはバプテスマのヨハネへの音信であった。『なんじ御霊くだりて或る人の上に留まるを見ん……』。そのようにエリヤも言う、『汝もし(わが取られて汝を離るるを)見ばこのこと汝にならん』と。かくて外套は淋しく待ちつつ見ている僕の上に落ちた。しかして今や彼は預言者の徒と敵意ある世に帰らねばならない。エリヤの外套と共に実際に彼は力を得たか? 彼は彼自身の着物を裂き、傍らに抛った。まことになおそれ以上に、彼は自らの義というものをも傍らに抛ってしまい、ただその主の約束の霊を信じたのである。しかし彼は神の代理者たる霊を真実に持っているか? 彼は歩みを廻らして帰り来ると、その途を遮る流れ迅き川がある。瞬間に彼の思いは天に向かって駈ける。彼が必要であったのは、ただにエリヤの外套のみでなく、エリヤの神であった。落ちてきた衣服を取りて流れを打ちながら、彼は『エリヤの神は何処に在すや』と叫ぶ。たちどころに主は彼の信仰に応えたもうた。すなわち流れはもう一度分かれた。彼は神彼と偕に在し、主の御霊は今や彼の満足せしめられたる魂の上にも留まっていたもうということを知った。
 我らに対する学課は何であるか? そはわれらに堅忍不抜の精神について教えるか? 世的な出世を求める誘惑に逆らいつつ、ただひとりぼっちにて歩くことを暗示しないか? 祝福の後に我らの第一の横断を妨げたのと同じ困難が、我らの道に出て来ることを見はしないか? キリストをわが主と呼び奉りし我らも、今やエリシャのごとく『わが父、わが父』と絶叫する。我らは神がその御子と共に在せしごとく、そのように彼は我らと偕に在すという我らの魂の衷なる確信と、活ける力強き信仰を見出す。
        強き信仰は
            ただ約束をのみ見つめ
        不可能を打ち笑いて
            必ず成さるるべしと叫ぶ
 しかしまずもって『汝のために我何をなさんや』との神の恵み深きご質問が我らの心に与えられるということは、ヨルダンを渡ってから後であるということを我らに思い起させる。ソロモンがアドニヤ、ヨアブ、アビヤタル、シメイを処分するまで、主は顕れて『汝のために我何をなさんや』と言いたもうことができなかった。アブラハムがソドム王の提供する一切の誘惑を拒絶するまで、主は国を、人を、民を彼に約束なしたもうことはできなかったのである。カルバリのキリストと共ならずしては、我らは我らのヨルダンを横断することができなかった。すなわち我らの心の中に、『汝わが汝になすべきことを求めよ』というような囁きを聞くことはできない。主が甦り、昇りたもうて、我らがその行きたもうキリストを見奉るまでは、『視よ、我は……常に汝らと偕にあるなり』との御約束を我らの心に認めることはできない。我らの心が主の御宝血によって潔められ、罪の体が十字架の上の主ご自身の打ち破られた御身体を通して同じく打ち破られて、はじめて、主の恵み溢れる御霊は永遠に我らと共に宿りたまわんとして入り来りたもうに至るのである。

四、ヨルダンより出で来りたまえる主イエス (マタイ三、四章)

 ここに、聖霊によって描かれたる我らの第四の、そして最後の絵がある。おお、これを見て学び、我らは拝みたいものである。すべての義しきことの成就のために、罪人と看做されて、主イエスはヨルダンの流れに入り、洗礼者に身を任せたもうた。ここに真に謙りたもう主の御姿を見るのである。しかし主が川より上がりたまえば、聖父の御霊は鳩のごとく彼の上に降ったのであった。天よりの声は『これはわが愛しむ子、わが悦ぶ者なり』とて、さらに聖霊の印を確実にしているのである。かくて主は御父の御旨をなさんために出で立ちたもうて、御父の聖名の栄光を顕したもうた。
 ヨルダン川の後は何であるか? 直ちに主は曠野に導かれたもう。天よりの鳩によって導かれたもう。憩うためではなく、戦わんがために……。悪魔に試みられんとして……。かつてその御民が失敗し堕落した、その同じ曠野にて主は勝利を得んとなしたもう。
 イスラエルの民はヨルダンを渡ってから約束の地に足を踏み入れた。キリストはその御胸の中にこの約束の地を持っていたもうたのであるが、彼は反対に曠野へと入られた。戦いは同一である。すなわち信仰の戦闘である。試みる者来りて主に言った、『もし……』と。御父の御声の祝福されたる印に対して戦いは挑まれねばならない。すなわち『これはわが愛しむ子』ということに対して『汝もし神の子ならば……』と。キリストは、彼のものなる民への一つの手本として、彼が我らに与えたもうた武器、すなわち神の御言をもってのみ、戦いをなして下さった。主は御父の御声については言い及びたまわず、主の書かれたる御言葉を引き出しておいでになる。彼は数日前の驚くべきご経験の苦難は少しも心に留めたまわない。彼はただ抜き身の剣なる聖書をもって対抗したもう。おお、これは彼の民たる我らに何という手本であることだろう。これはまた我らが予期し得るところのものである。我らが受けたところの祝福を我らから引きむしって取り去ろうとする悪魔の攻撃は常にあるであろう。また我らの周囲のすべてが一つの砂漠であって、それこそもう全くの曠野であるところの環境に突き進むこともあるかも知れない。すなわちそこには願望も抱負も、我らの充実を求める心等を豊かに満足せしめるものとては少しもないというようなところに突き入ることもあるかも知れない。しかし神の御言葉は残る。これは我らの武器であると共に我らの糧であらねばならぬ。これらをもって我らは満足させられることができる。そしてこれらをもって我らは敵を打ち破ることができる。
 我らは他の人々の足枷を打ち破り、大いなる敵の手から彼らを自由にすることのできるまでに、我らはまずその大いなる敵と会戦して打ち負かさねばならぬ。しかり、使徒パウロは言う、『我キリストと偕に十字架につけられたり』──すなわち私はヨルダン川を渡ったというのである。しかしてまた『キリストわが内に在りて生くるなり』と。すなわち私は約束の地にあるというのである。しかし彼は付け加えて『神の子を信ずる信仰によりて生くるなり』と。すなわち我らの武器として神の聖言をもっての信仰戦が常にあるであろうというのである。
 かくて我らは我らの研究の終わりになった。我らのヨルダンの後は何があるか? 聖言をして我らに再び語らしめよう。常にこの試みがあるであろう。そして常に敵と会戦せねばならぬ。しかし常に甦れるキリストは偕に在し、聖書は我らと偕なるのである。常に反動があるが、また常に援軍もある。常に神を待ち望むことの必要があるが、しかし常に約束の確実さもある。
 おお、我らがまだ我らのヨルダンを渡っていないならば、いま大急ぎで渡らねばならぬ。しかして神を大胆に信ずることである。ナアマンのごとく我らの誇りを空しくして、潔めの流れに七度身を沈めよう。イスラエルの軍旅のごとく、流れの中に足を踏み入れよう。契約の櫃なるイエスが、その圧倒する流れを止めて我らを通過させたもうことは確実なことである。エリシャのごとく、我らのエリヤと共に進もう。我らは彼が流れを打ちたもう間、ただじっと見つめねばならぬ。さらば乾ける地を行くことができる。主イエス御自身のごとく、神の大能の御手の下に自らを卑くし、バプテスマを施す者に我ら自らを委せて、思い切ってキリストと偕に葬られることである。さらば新しき生命の中に甦るであろう。
 


  昭和 五年七月三十日発行
  昭和二十九年九月一日再版     定価 金六十円
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 【不 許 複 製】

  訳 者  藤  田  正  直

    東京都武蔵野市境一、四一六
  発行人  落  田  健  二

    東京都千代田区神田鎌倉町一
  印刷所  東陽印刷製本株式会社
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   東京都武蔵野市境一四一六
 発行所  バックストン記念霊交会


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